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【気づき】【文章】「です・ます調」と「だ・である調」は混在してはイケナイ教の信者辞めます!文章の呪縛を解き放つ。

とある記事を読んで自分の書く文章・・・文体について考えたので記録。

「です・ます」調を使わないんだ!

このブログを書き始めた時に、ちょっとでも読みやすくしないといけないな・・・と思って

考えた末に「です・ます」調を使わない事に決めていた。

普段文章を書く時にはあまり気にせずなんとなく文章を書いていたんだけど

その都度「です・ます」調になったり、そうでなかったり

深く考えないのでバラバラにばらついていた。

でも、ブログは読んでもらう人がいるのだからちゃんとしなくては!と思ったのが考えるきっかけだった。

「なぜ?ばらついてるのがいけない」と思ったのかと云うと、

やはり文章には「一貫性が大事だ」と漠然と思っていたからだ。

なぜ?「一貫性が大事だ」と思ったのか?と考えてみると・・・・

おそらく「バラついてるのはイケナイ事」だと思ってるから・・・・?

なぜ「バラついてるのがイケナイのか?」と考えてみると・・・?

「バラついてるのはみっともないから?」・・・・。

なぜ?

人に例えると発言に一貫性がなかったりする人は信用がないから・・・・?

だからバラつく事はよくない・・・?

バラついてても信用のある人はいるのでは・・・・?

もっと云うと、信用ってそんなに大切・・・・?

・・・・・・

おっとっと、ちょっと自分の中の思考の宇宙を彷徨いそうになるとこだった。

自分の「信じ込み」って深いなぁぁ。そして自分も気付いていない・・・・。

・・・・・。

この辺は考えだすと果てがないので一旦今日はこの辺で。

無意識で書いた「です・ます」調を後から直す自分

だいぶ話が横道に逸れたのでグッと話を戻して・・・、

でも、文章を書いてると、時々勝手に「です・ます」調になっている事がしばしばあって、

後で直したりしていた。

それはやはり文章は「一貫性が大事だ」からだ。

 

「です・ます調」の反対はネット辞書で調べると「だ・である調」と出てきた。

そうそう、僕は「一貫性があって」「信用できる人間である」ために

「だ・である調」でこのブログの文章を書くと決めていたのだろう。

 

ところが最近・・・・、自分の書きたい文章がなんとなく形になってくると、

一生懸命「だ・である調」に統一して書いている文章が恐ろしくブサイクに思えて来た。

時には勝手に「です・ます調」になる部分があってもいいんじゃないのか?

そもそも「です・ます調」と「だ・である調」が混在してはいけないなんて言ってるのは一部の人

要は読んでもらった相手にどう伝わるのか?という事の方がもっともっと大事なんじゃないのかな?

と訝しむ自分が現れた・・・。

知らない間に「です・ます調」と「だ・である調」が混在してはいけない教の信者に!

書いてる本人と読む人が良ければそれ良い?・・・。

そう、僕は知らない間に「です・ます調」と「だ・である調」が混在してはいけない教の信者になってしまっていたんだ。

そうか!そうだったんだ!

せっかく気付いたので今日から信者はしばらく辞めてみようと思う。

いや・・・・、今から辞めます。

そう決めるとなんか楽になった。

 

人は知らない間に色んな宗教に入ってしまうモノなんですね。

自由でいいはずなのに・・・・不自由な縛りを自ら身につけてしまうなんて・・・憐れな生き物。

文章一つとっても難しく、硬く、真面目に考えすぎてしまったり・・・、

自分で自由を奪ってしまったり・・・。

考え方や生き方なんかもきっとおなじなんだろうな・・・・。

なんか・・・無様になることを必要以上に恐れている自分が常に居る・・・・。

国語的にどうなの・・・?とか、

頭の良い人に文章を読まれて恥ずかしい思いをしたくない・・・とか

見下されたくない・・・・とか

無意識に守りに入って、

余計な予防線を無意識に張ってるんでしょうね・・・・

たぶん誰もそんなのそれほど気にしてないのに・・・・・、

そう思うと

「・・・混在してはイケナイ教の信者で頑張ってた僕」がかわいそうに思えてきた・・・(^^;

「無様でもゲスくても助平でもズルくてもどうでもいいじゃないか!それも自分だ!」

と唱え続けないとなかなか呪縛は外れないですね。

そんなこんなで、もっともっと色んな呪縛を解き放って自由になれるよう頑張ろうと思いました。

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